無理がある。強引すぎる。理屈がなってない。
インターネットが当たり前に普及した現代、誰でも意見を発信できるようになった。
自分の意見を語るのは個人の自由ではあるが、発信する以上は責任が伴う。
論理立っていない意見も横行するネット社会に一石を投じるため、
今回は「こじつけ」について考えてみる。
こじつけとは
こじつけは「故事付け」と書く。
故事の意味は下記のとおり。
1.昔あった事柄、古い事
2.昔から伝わってきている、いわれある事柄。古くからの由緒のあること。
-コトバンクより引用ー
昔から言い伝えられてきたもののことで、「古事」とも書く。
強引に因果を結びつける“こじつけ”は、故事にくっつけるという由来からきた言葉だった。
歴史で語る
考察や推測をする際に、強引に結びつけて判断すること。
今ではそのような状態を“こじつけ”と呼ぶ。
由来から考えると、言葉の意味や解釈の際になんでも「故事」にあてはめて、強引に根拠をつけ足そうとした様子が「こじつけ」になったのだと思う。
「故事」の「後付け」で、「こじつけ」だ。
歴史から学べる点は多く、知見にもなり得る。
しかし、それに固執しすぎて何でもかんでも歴史で語るのは、また違う。
こじつけになりすぎない程度に、柔軟で多角的な物事の捉え方をしたい。